192 2024年1月30日 津久井城山(375m) 門馬(L)、鈴木、久家(記)、佐々木、笹沢、山口、木村
風もなく、この時期にしては暖かな陽気の中、戦国時代に作られた津久井城の城址を偲び、津久井湖や丹沢の山並みの眺望を楽しむことができた。

天  候:快晴
コース:橋本駅北口BS8:52==北根小屋BS9:19−−小網諏訪神社9:249:30−−根元登山口9:499:54−−女坂分岐10:07−−四ッ辻10:2310:25−−飯縄神社10:2910:32−−宝ヶ池10:4110:42−−狼煙台跡10:4310:49−−四ッ辻10:52−−城山山頂11:0311:58−−四ッ辻12:06−−小綱登山道入口12:19−−湖畔展望道路12:34−−津久井湖観光センター12:4513:05

 橋本駅改札前に全員が揃ったので予定より早いがバス停に行き、停車しているバスに乗った。予定のバスが9:10発なので18分早い。

 北根小屋BSで下車し、今日のリーダーの門馬さんを先頭に少し戻って右に緩く坂を登ると小網諏訪神社に着いた。境内で山口さんの指導の元で準備体操をする。神社の左側から坂を登り、湖畔展望道路に出る。津久井湖を挟んで南高尾山稜が目の前で、大洞山から草戸山まで見えている筈だが、この山稜は特徴に乏しいので分かり難い。相模川の上流の方向にシャープな感じの小高い山が見え、これも山名が分からなかったが、山頂で山座同定したら権現山だった。

 西方に少し進むと左に登る階段の道があり、通常はここを登って登山口まで行くのだが今回は充分な時間的余裕があるので展望デッキ経由で遠回りすることになった。しかし、僅か高く登った展望デッキからの展望はさほど変化したものではなかった。

右に東屋を見て進むと登山口に着いた。猪出没注意の表示があるが、今や猪はどこにでもいるようだ。ここから登山道になり、少し先で女坂との分岐に出た。この後は今回最も急な尾根道の男坂になる。登りきると4方向に分かれた四ッ辻で東方に進む。僅かに登ると飯縄神社に着いた。ここから下ってもよいが、登った道を引き換えし、途中で右に細い道に入った。幹が45m上で裂けた御神木の大杉が立っていて、樹齢900年を超えていて2013年に落雷で焼失したとのこと。その先には小さな宝ヶ池があり、枯れることがないとのこと。鷹打場方面を左に見て少し登ると、狼煙台跡と思われる北方が開けた所に出て、大室山、蛭ヶ岳、丹沢山等の丹沢山塊がよく見えた。陽が当たり、ベンチがあるので大休止したい所だ。その少し先で飯縄神社に戻り、結局飯縄神社が山頂に建つ小ピークの周りを時計方向に1周したことになる。

 四ッ辻に下り、城山山頂に登る。城山は山城らしく登山道の途中に堀切があった。山頂は城主の館があったのか平坦で広い。北側に少し下ると展望台の様で北面が大きく開け、ベンチに座り昼食休憩にした。

昼食前に鈴木さんが買ってきてくれた記念品を佐々木さんが100回記念として、私・久家が「山恋い」の出版記念として戴いた。

ここから見ると正面の南高尾山稜の後方に高尾山、小仏城山、景信山の山頂だけが突出している。なお、高尾山から小仏城山までの尾根はほぼ東西方向に延びているが、小仏城山から景信山までの尾根はほぼ南北方向に延びているため、高尾山と小仏城山の間に景信山が見え、高尾山からの距離は小仏城山より景信山の方が近いように錯覚する。また、遊園地があるプレジャーフォレストも視認できる。持参したカシミールのパノラマ図で陣馬山、権現山、扇山、大菩薩連嶺から小金沢連嶺等を山座同定でき、石老山の尾根の横に見える鋭角の滝子山も確認できた。中央線沿線の山は車窓から見ることが多く、南からの形が記憶に残っている。しかし、津久井城山からだと西北西の方向から見ることになり、形状や位置が大きく変わって戸惑った反面、新鮮な感じがした。

更に、山容は定かでないが、陣馬山と大菩薩連嶺の間の遠方に金峰山や国師岳が見えているようだ。また、東方向の遥か先に雪山が見えるが日光連山の様だ。今度来るときは望遠鏡を持ってこよう。

 下りは四ッ辻から女坂を歩く。男坂との分岐まで下るのかと思ったら、リーダーは途中で小綱登山道に入った。途中で右折して湖畔展望道路と平行な道を進み湖畔展望道路に出た。このため朝の登山口に下るのと較べて大分近道になった。津久井観光センターに着くと橋本行きのバスは本数が多いので、各自時間を気にせず買い物等をしていた。

 今日は快晴・無風で相模原市の最高気温は13℃の予報なので厳冬期であるが寒さを感じなかった。山頂では予想以上に多数の山が見え、大満足であった。また、冬の平日のせいかハイカーは少なく、静かな山行を楽しめた。80代半ばの後期高齢者にとってはこの程度の山行が最もよい。

記 久家髓j