184 2023.01.21 ポンポン山(約30m) 久家(L)、鈴木、門馬、佐々木、笹沢、山口、木村
ポンポン山への道すがら岩室観音堂、吉見百穴、吉見観音等の遺跡旧跡に寄ったが、強い北風の影響か土曜日にしては観光客がかなり少なく、我々のペースで歩くことができた。

ポンポン山山行

天 候: 快晴
コース:東武東上線東松山駅BS9:15=(バス)=百穴入口BS920925--岩室観音堂935945--吉見百穴9501020--北向き地蔵10501055--吉見観音11201130--八丁湖東屋11501220--ポンポン山13001335―(タクシー)―東松山駅前1350

概 要

    参加者7名は予定通りに集合し915発のバスに乗り込む。歩けば30分ほどの百穴入口までをバスだと5分程度で、今日の歩行を考えると納得がいく。時間の節約だ。バス停到着後のミーティングで久家リーダーから「当初の計画ではポンポン山からはバスで帰ってくる予定をバス停までの距離があるのでタクシー利用に切り替えたい」との話あり。メンバーからは早く帰ってきて新年会を兼ねた反省会をやりたいと盛り上がる。

歩き始めて5分ほどに「武蔵松山城跡」の看板が目についた。ここには寄らずに通り過ぎたが調べるとここは「比企城館跡群」という名称で奥には本丸跡などもあり、国の史跡があるようだ。

さらに5分ほど行くと「岩窟ホテル」という謎めいた窓付きの大きな岩肌が見えた。農家の人が1904年から20年かけて彫って作ったそうで実際にホテルとして使われたかも不明、一説には岩窟彫ったが岩窟ホテルに訛ったのではと言われている。

935 「岩窟ホテル」のすぐ隣に岩室観音が岩山に挟まれるように建っている。ここには四国巡礼88か所の礼所が2か所に分かれて石仏として安置されていた。建物の裏の岩山の斜面には鎖場があり、ここを登ると胎内めぐりができる。安産と願い事が叶うとあって我々メンバーも挑戦した。この建物は大きくはないが岩山の地形をうまく取り入れて造られている。江戸時代の寛文年間(17世紀後半)に再建されたそうだが歴史を感じさせてくれる。

950吉見百穴、文化遺産の連続で気持ちもわくわく、ここは有料300円、コロナ対策の検温装置も付いていたが反応せず、「どうぞ」で入場。吉見百穴は古墳時代に造られた横穴墓で岩山に開けられた穴が窓のようにも見え不思議な光景だ。百とは多いの意で現在確認できるのは219基とのこと。この穴からは富士山が眺められ、そんな気配りもされてたのかなと思ってしまった。

売店でお土産を買ったら地主だという大澤家のおばあさんがいろいろとここからの出土品(須恵器、勾玉、耳環、直刀等)を自慢気に説明してくれた。やたらと古墳時代と出てくるので古墳時代とはいつ頃かと質問したら「そんなことはどうでもいい」と言われてしまった。

古墳時代とは弥生時代に続く考古学上の時期区分で前方後円墳に代表される古墳が盛んに造られた時代(西暦250年〜538年)をいい、吉見百穴はこの後期にあたるとあった。

ここではヒカリゴケが自生し、国指定の天然記念物にもなっている、またここの地下には軍需工場跡がある。航空機のエンジン部品製造目的であったが生産することなく終戦を迎えたとのことだった。

1050北向き地蔵到着。八坂神社前の一角に位置し、岩室観音、吉見観音の道標にもなってきたという。寛政4年(1792年)銘の地蔵尊。

吉見観音に向かう途中、道が二又になっていてどちらに行こうか迷う。右の坂を下りつつ地元の人に訊くと「この下に入口の階段があるから」と教えてくれた。左道に行った木村さんは坂を下りてまた階段を登らずに済む。どうして左道を真っすぐにと教えてくれなかったのかと悔やむ。でもこの階段を登って来たからこそ迫力のある仁王像にも会えたと思い気を取り直す。

1120 吉見観音(岩殿山安楽寺)到着。今回のコースでは最も大きな寺院で創建は806年、坂東33か所の11番礼所。本堂の隣にある三重塔も素晴らしい。境内にある吉見大仏といい、ここでかくも歴史的遺産を見れるとは感激だ。

吉見観音から5分ほど坂を登ると左側に急に八丁湖が見え始めた。そして右側にはこれまた広い田畑が続いている。なるほど八丁湖が農業用水としての溜池であることが理解できた。湖の一周1600mもある周辺には公園が整備されていて、遊歩道も完備、格好のウォーキングやランニングコースになっている。湖面にはこの時期なのに多くの鳥たちが泳いでいた。遊歩道の柵にはカワセミも含め40種類もの写真付きの鳥の紹介看板がかかっていた。

1150 湖畔に建てられた東屋で昼食となった。風は冷たいが陽ざしが気持ちが良い。20人ほど座れるが我々だけで利用できた。土曜日とあって散歩、ランニングする人たちが多く通って行った。

1220食事後歩き出すと八丁湖公園の北側に「黒岩横穴群」と書かれた看板があり、またもや横穴式の集合墳墓が遊歩道からは見え出した。吉見百穴よりも穴が大きく、まわりが木や雑草で覆われている。こちらは未発掘の墓穴が多く500基以上あると文献にあった。またマムシ注意の看板もあり不気味な感じがする。土地活用に対し保存と開発の間で板挟みされた自治体の苦悩が垣間見えた。

1300公園を出て舗装路を歩いていくと高負彦根神社に到着。ここも創建和銅3年(710年)と歴史がある。そしてこの裏山がポンポン山だ。山の由来が「巨岩に近い地面を強く踏むとポンと音を発する」と境内の案内板に書かれている。皆でそれはどこだとあちこちでジャンプしたが納得いく音までには至らなかったようだ。

高負彦根神社前からタクシー2台に分乗して東松山駅に戻る。

駅前の焼き鳥割烹三金にて新年会を兼ねた反省会。1535解散 

参加メンバーからのひとこと 

(久家)

  きょうのコースは私にとっては久しぶりだったが迷わずに歩けて良かった。

 (門馬)

  吉見百穴はもっと小さなイメージだったので穴の大きさ、多さにびっくり。同じ場所で軍需工場として使われようとしてたのにもびっくり。

(佐々木)

  ポンポン山は標高30mだから楽だと聞いてきたが楽ではなかった。結構足にきてて帰りがタクシーになったのは本当に良かった。

 (木村)

  今回は見どころが多く良かった。また来たいと思う。ポンポン山は立派な岩山で感銘を受けた。

(笹沢)

  八丁湖に水鳥が多く着水してる風景に感激した。風が強く寒かったが、あの横穴墓のたくさんの穴を見て、人間は昔からこうして生きてきたんだと思えた。 

(鈴木)

  楽しかった。風が冷たく強く大変だったがそれでも楽しかった。

(山口)

  比企丘陵がこんな歴史のある町だったなんて知らなかった。八丁湖公園北側の黒岩横穴墓群がまだ500基以上も未発掘とのこと、1300年以上も経ってるのに???