| 177 | 2020.1.25 | 武山(200m)〜三浦富士(183m) | 久家(L)、鈴木、門馬、中嶋、佐々木、山口、木村、笹沢 |
| 山中で記憶に残るものは少なかったが、出発前に見た戦艦陸奥の主砲と下山後に見た平和の母子像が印象的だった。 | |||
山:武山(200m)、三浦富士(183m)
天候:曇り
コース:
横須賀駅10:03〜10:17==竹川BS10:53--武山登山道入口11:02--水道施設11:10‐‐武山11:40〜12:30--砲台山12:51〜12:55‐‐三浦富士13:27〜13:43‐‐平和の母子像14:15‐‐京急長沢駅14:23
概要:
長い間お休みしていた笹沢さんが今回の山行から復帰した。皆大歓迎である。久々の総勢8名。
横須賀駅手前の車窓からダークグレーの艦船が見えてさすが横須賀。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの港のヨーコ ヨコハマ ヨコスカの歌がよぎった。横須賀駅に10:03分に到着したが、トイレに行っている間に10:07分発の三崎港行に乗り遅れた。10:17分発長井行が竹川BSを通ることで乗車する。メーン通りはアメリカ色が強かったが、過ぎれば普通の街並み。30分程乗り竹川BSで下車した。すぐに左折して登山道へ向かうが車道だ。後ろから狭い道を車が3台位通過した。途中、富士山が見える開けた場所があったが、生憎の曇り空で見えなかった。
余裕な歩き方で武山不動尊に到着した。1月28日が初不動とあり、地元の氏子さん達が祀りの準備をしていた。お参りをしてすぐ横の武山山頂に到着した。ここで昼食にする。山頂は北風を受けて寒かったが、南側は薄日が差して暖かい。展望台の下には既に10人位のハイカーが陣取っていた。展望台下から長机、長椅子を持ち出して、暖かい陽を浴び一線に並んで食べた。
展望台からは房総半島、鋸山が確認できた。三浦半島の先っぽにいる感覚。皆でいつもの記念写真を撮った。
次の砲台山を目指す。ネットで検索すると元の名は大塚山だが海軍が砲台を造ったことから砲台山と呼ばれるようになった。砲台の8個の四角い穴は弾薬の格納庫と思われるとあり、かなり大きな砲台跡だった。金網に囲まれた建物は海上保安庁武山受信所だそうだ。ぐるりと見渡し写真を収めた後に三浦富士に向かった。樹林の中を歩くが初めて見る樹々だった。道がかなりぬかっていてストックが役立った。昨年の関東を直撃した超大型台風で、なぎ倒された倒木が至る所に無残な姿で放置されていた。人間の力ではどうにもできない自然の破壊力を思い知った。
浅間神社奥の院とある三浦富士に到着した。祠が祀ってあり小さいながらも信仰の山なのでしょう。山頂からは三浦富士の姿は想像できなかった。
京急長沢駅への下山道を確認し降りた。かなりの急坂で滑りやすい。ストックで調整しながら慎重に歩いた。山行もそろそろ終わりに近い場所に平和の母子像の記念碑があった。米軍機の墜落炎上で九名が亡くなり、その中に3歳と1歳の幼子もいた。後にその母も亡くなり、やり場の深い悲しみと米国への憤りを強く思い、平和を願い有志の方々が建立された。
記念碑を出て直ぐに一般道に出た。住宅地を通り抜け京急長沢駅に到着した。
令和2年1月足慣らしに丁度良い山行だった。
この後、横浜に詳しい笹沢さんの馴染みのお店で歓迎・反省会ということになり横浜で下車した。
土曜日でどこも人、人、人。馴染みのお店も満席で入れなかったが、何軒か回ってやっと呑み屋を確保できた。8人にしては狭かったが、冷たいビールを美味しそうに一気に飲んでいた。これだから山はやめられないと下戸の私でも思っている。
(記録 鈴木)