145 2016.03.08 鐘撞堂山(330m) 鈴木(L)、久家、門馬、佐々木、木村、山口
玉淀駅からは初めてという声もあって、スタート地点にしたのは良かった。今日は4月下旬の異常な陽気で着衣が暑く感じられた。埼玉にこんなポピュラーな山があるとは思わなかった。

天候:快晴

 コース:玉淀9:20−−八幡神社9:429:47−−八幡山10:0510:09−−大正池分岐10:15−−十二社分岐10:38−−谷津池分岐10:54−−古峯神社11:1811:23−−鐘撞堂山11:3012:02−−円良田湖12:29−−羅漢山12:4212:47−−少林寺13:0913:18−−かんぽの宿13:5015:17==寄居15:27

 概要:

 山久会今年2回目の山行でリーダーは鈴木さん。

 今日は朝から暖かく、5月頃の気温だ。八高線に乗ると直ぐに門馬さんと会う。高麗川では佐々木さんと木村さんに会い、小川町で東武線に乗り換えると鈴木さんと山口さんがいる。玉淀駅で初めて下りるが小さな駅だ。

車道を進み、八幡神社まで22分で着く。寄居駅から歩くより確かに近く、寄居駅まで八高線でしか来たことがない私にとっては玉淀駅から歩くという発想はなかった。神社の右から登り始め、7080m登るまではきついが、その後は緩やかになる。つつじの小木が多く、所々で咲き始めている。また、登り下りする人が多いのには驚く。私が登ったのは20076月だが、そのときは土曜日だったが数人位しか会わなかったように記憶している。ところが平日だというのに何十人と会う。以前より道が整備され、最新の「埼玉県の山」でも紹介されるようになったので、今はここがメインコースかもしれない。地元の人が多いようで、日課のように登っている人もいるようだ。同様に登る人は高尾山を始め、桐生の吾妻山や上田の太郎山にもいる。北面にはカタクリが自生する所があり、ロープが張ってある。谷津池分岐からは急な階段が続くが、我々は右にある斜面の道を登る。登り切ってから右に分けて50mほど進み、古峯神社に寄る。覆堂がレンガ作りというのは珍しい。分岐に戻り、少し緩く登ってから右に折れ、急坂を登るとすぐに鐘撞堂山に着く。山頂は多数のハイカーで一杯のため、我々は展望台の下の空いている所で昼食を取る。汗ばんだ体に風が当たり心地よい。

 下山時に山頂にあった温度計を見ると丁度20℃だ。温度計の誤差は不明だが、3月上旬と思えない暖かさだ。大正池方面の分岐を経て南西に下る。道幅が広がると、かなり上から何故か簡易舗装がされていて、土の感触がなくなる。道は細い沢の右岸に沿っている。やがて、右に円良田湖が見えてくる。このとき池と湖はどう違うのかといった話がメンバーから出て、水が出入りするかで区別されるという意見も出た。私も分からなかったので、帰宅後にパソコンで検索してみた。池・沼・湖の違いを素人が水深の違い等を挙げてもっともらしく主張しているHPがあるが、国土地理院の下記の記載が最も正解に近いのではないだろうか。

「辞典では、湖は深く、岸には植物が生えているが中央の深いところには植物がないもので、沼は湖より浅く、深いところにも植物が生えているもので、池は地面にできたくぼみに水のたまったところで湖沼より小さく、人工的に作られたものもある。しかし、ダムによってできた池でも「〇〇湖」と呼ばれるように、上記に捉われない名が付けられることが殆どである。地図ではこの区分と関係なく、実際に呼ばれている名前が記載される。」

 円良田湖の端から階段の急坂を登ると、羅漢山に着く。ここから道端に鎮座する五百羅漢を見ながらジグザグに下る。ちなみに羅漢とはお釈迦さまの弟子だった人達のことである。五百羅漢はそれぞれが表情も仕草も異なり、悩んでいる像、苦しんでいる像、楽しそうな像、してやったりとした様子の像もいて、飽きることがない。また、お参りする人の中には、亡き人の面影によく似た羅漢さんを見つけ出し、久し振りに再会したような感激を覚える人もいるようだ。私は頭の隅から「ラカンサンがそろったらまわそじゃないかヨイヤサノヨイヤサ」という遠い昔の記憶がよみがえった。
 少林寺に下ってから、車の往来が少ない車道を進む。紅白のしだれ梅が満開で、疲れた体を慰めてくれる。最後は歳下の3人に遅れて歳上の3人が坂道を喘ぎながら登り、かんぽの宿寄居に着く。6階にある浴室には他の客はあまりいなく、露天風呂には我々5名で気楽に浸かる。荒川を見下して眺めが良く、入浴料800円は安く感じる。入浴後は1階の広間で軽く飲食雑談をする。宿の前から1515分発のマイクロバスに寄居駅前まで乗る。本数の多い東武線に乗る鈴木さんと山口氏とは直ぐに別れたが、八高線は16:30までなく、4人は駅前の居酒屋で約1時間の時間つぶしをする。

 八高線の本数が少ないのは承知していたが、寄居駅で秩父鉄道と八高線は全く接続していなく、いじわるをしているような時間帯もあった。

                             (記 久家)