金時山山行報告2014124日)

   天候:快晴

コース:小田原9:05(バス)=仙石9:50―公時神社10:1010:20―矢倉沢分岐11:39〜    11:44−金時山12:0513:05−矢倉沢分岐13:30−矢倉沢峠13:5714:02−金時山登山口14:26−仙石14:4214:56(バス)=小田原15:44  

参加者:久家リーダー、門馬、山口          

概要

昨年2月強風のため神山・駒ケ岳山行断念から110ヶ月、今回は再チャレンジと臨んだが前日に今回も天候から強風が予想されると久家リーダーの判断で急遽行先は同じ箱根の金時山に変更となった。神山・駒ケ岳はまたの機会のお楽しみ。

今年は暖冬予報なのにフィリッピン地域に発生した超大型の台風が寒気団を日本列島に引き寄せてしまったとのことで東京には早くも冬将軍到来、しかし小田原、箱根は予想外に暖かく天気も良好であった。

小田原から箱根登山バスで箱根駅伝の山登りコースを通りながら途中昨年の思い出の太閤湯を右に眺め、やがて仙石BSに到着。今回は久々の3人山行、小春日和の中、気楽な山行となった。国道138号沿いの金時神社入口から入りまずは安全と金太郎のごとく健康であれと祈願した。この金時神社の真上に遠く背後に見えるのが金時山だという。うまく神社が造られたものだと感心する。

金時神社境内にはマサカリが鎮座し、山頂までの途中には金太郎ゆかりの巨石(手まり石、蹴落し石)があったが圧巻は巨大な金時の宿り石母である山姥と夜露をしのいだと伝わるその石の下にはハイカーが使ったと思われるストック代わりの枝棒が何本も支えのように置かれていた。その一本を失敬してストック活用させていただいた。

矢倉沢分岐までの一時間ほどは樹林帯におおわれていてまわりの展望はない。しかし金時登山口からの合流点(矢倉沢分岐)近くになると突然高い樹林がなくなり広々と開けてくる。仙石原や外輪の山々が一望できる。反面、道はガレ場が多くなり、南側斜面は断崖になっていて、今まで見たことのないようなしっかり固定された鎖のガードが長く連なって安全が確保されていた。

登りの道中不思議なことが二つあった。すれ違う下山者に「富士山はよく見えましたか?」と数人に尋ねたら答えは「素晴らしくよく見えた」「残念ながら見えなかった」の回答が交互に返ってきたことだ。もう一つ驚いたことは「山頂にトイレがあります」の看板がやたらと目に付いたこと。二つ目の疑問はうすうす感じていたが山頂に着いて納得するのである。

1210分山頂到着、やっとで富士山との御対面、それも雲ひとつない絶景、拝みたくもなる光景だ。頂上にいること1時間。かすかに雲がかかることがあっても富士山は隠れることなく観る者を楽しませてくれた。「富士山が見えなかった」と言われた複数の回答が未だに理解できないでいる。そんなに天気の豹変があったとも思えないのに。

朝食後6時間、気持ちよく腹が減っていた。風を避け且つ富士山が見えるベンチを確保して昼食を取る。山頂には3軒のお店?があった。金時茶屋(別名金時娘の茶屋)、金太郎茶屋そして使用料百円の有料バイオトイレだ。金時茶屋は言わずと知れた小見山妙子が14歳の春 ( S22)から68年も切り盛りしている茶屋。妙子の父、小見山正は新田次郎「強力伝」の北アルプス白馬岳へ50貫(約190kg)もの山岳標示版を担ぎ上げた主人公小宮山正作のモデルとなった人物である。娘さんの顔見たさに覗いたら元気なオバアサンの声が聞こえてきた。御年82歳お元気でいてください。

今日はさほど汗もかかず、遠方なので帰りは温泉はとりやめて帰ることにした。小田急線内でのひそやかな反省会、ポットを持ちつつ飲んだ島唄の味、心地よい山行でした。話が興じて久家さんは降りる登戸に気付かず、終点新宿まで付き合っていただきありがとうございました。                       (文責 山口)

メンバーコメント 

門馬さん;意外に暖かであった。富士山の裾野から頂上までの姿が目の前で見れて素晴らしかった。

(参考)

金太郎伝説

「今昔物語集」、「古今著聞集」、「御伽草子」などによると、平安時代の坂田金時(公時)は源頼光の家臣で、頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)と称される強者であったという。源頼光とともに丹波国大江山の酒呑童子を討伐したとされる。
江戸時代の享和3年(西暦1803年)に発刊された「前太平記」による金太郎伝説は、次のように記されている。幼名金太郎は金時山山中で赤龍と山姥との間に生まれた子供で、怪童であった。21歳のときに源頼光の家臣となり、坂田金時 と名前を改め、36歳の時に酒呑童子の討伐に加わった。一生結婚せず、足柄山山中で行方不明となった。金時山と呼ばれるようになったのは江戸時代後期のことで、それまでは猪鼻ヶ岳と呼ばれていた。明治中期の小学校の教科書に金太郎が登場する事で金時山が定着した。

参照:名山の日本史

136 2014.12.4 金時山(1213m) 久家(L)、門馬、山口、
急坂を登りきれば、富士山が指呼の彼方に全身を惜しみなく曝け出している。富士山は巨大な山だと改めて実感する。