2014年4月28日(月)

岩殿山(634m)

天候:うす曇

参加者:鈴木、門馬、中嶋、佐々木、木村、山口(L

コースタイム:

 高尾駅7:47==大月駅8:26〜8:40−−ふれあいの館9:10〜9:13−−城址、烽火台、本丸跡9:36〜9:50−−天神山11:10−−稚児落とし11:35〜12:16−−浅利の千本松12:5213:05==金山鉱泉13:20

山行記録:

 高尾駅下りホーム7時40分集合で、7時47分発河口湖行きの最後尾の車両に乗車の予定。電車が7時半ごろにはホームに入ってきた。最前列に並んでいたメンバーが座席を確保するが、今日の参加者6人中一人が未到着。向えのホームに下り電車が到着し、慌しくこちらの電車に乗り込むが見当たらない。電車は扉を閉め、出発する。暫くして最後の一人から山口リーダーに電話が入り、無事先頭車両に乗っていることがわかる。大月駅に到着し、6人全員集合を確認する。

 駅前の大きな掲示板をもとに、山口リーダーから本日の大まかな山行計画の説明がある。岩殿山は大月駅の直ぐ北側に岩壁が聳え、武田方小山田氏の居城で、国境防衛の拠点となった所である。

大月駅前の市街を抜け、いよいよ登山口へ。セメントブロック状の階段をジグザグに上り、岩殿山の中腹にある“ふれあいの館”に到着する。この中には大月市出身の山岳写真家白旗史朗の写真や岩殿山に関する資料等が展示されているとのことであるが、月曜日は残念ながら休館日であった。

 ここから砂利道になり、25分ほどで城址へ到着し、眼下に大月市街や中央自動車道、真っ白に雪を纏った富士山を眺める。ここが634mの岩殿山頂上かと思いきや、さらに高めの烽火台、本丸跡を廻る。同じ道を戻り、稚児落としへの分岐へ。尾根道の上り下りには、途中鎖場が3箇所ほどあり、可なりのスリルを体験する。道は結構険しく、本日は目の障害から鎖場を通らず林間コースを選択した木村氏と離合を何回か繰り返す。小さな砂利がコロとなり滑りやすく、足元は不安定である。

天神山を経由し、稚児落としへ。こんな大きな岩壁が大月駅の直ぐ傍にあることが不思議なくらいである。ここは追手に迫られた小山田氏の妻がわが子を投げ落としたという言われがあるとのこと。

稚児落としの断崖絶壁の頂上で昼食となる。先端に陣取った某氏が取り出したお茶のボトルがころころと転がりだし、絶壁の縁に生えていた木の根っこの辺で止まりかけたが、止まりきらず、そのまま見えなくなってしまった。みなは唯々見守るのみで、稚児落としではなく、お茶落としだと笑ってしまった次第である。

昼食後、断崖をバックに集合写真を登山者に撮って貰った後、急激な坂を下り浅利の千本松に到着する。ここで鈴木さんは大月駅へ、男性軍は金山鉱泉で一休みして帰ることとなる。タクシーを大月駅から呼ぶと10分ほどで到着、これから行く山口館は明治からの古い旅館とのこと、タクシー代は2,440円だった。ゆっくり鉱泉に入り、ビールで乾杯する。帰りは有難いことに、三代目館主のお孫さんがバスで帰ってくるのでバス停まで車で迎えに行くとのことで、お言葉に甘えて便乗させて貰う。遅能戸(おそのうと)からバスで大月駅に出て無事帰還となる。

山口リーダーが2週間前の下見では岩殿山公園内は桜が満開だったとのことで、今回は八重桜や山つつじが満開で、十二単、一人しずか、つりがね草、等々春の草花が咲き乱れ,新緑を楽しむことができた一日であった。                                          (佐々木)

129 2014/4/26 岩殿山(634m) 鈴木、門馬、中嶋、佐々木、木村、山口(L)
歴史あふれる岩殿山は山梨百名山の中では標高は下から二番目だが築坂峠からの岸壁群やクサリ場等の醍醐味は「お茶」の思い出とともに忘れられない。