迦葉山山行報告

 天候

 コース:沼田駅10:04(タクシー)=弥勒寺10:4010:46=和尚台11:2111:30=迦葉山12:0412:40=和尚台13:1313:15=弥勒寺13:4214:00=弥勒寺BS15:07(バス)=沼田駅15:4716:10=水上駅16:2816:37(バス)=土合山の家16:52

概 要: 満員の通勤電車にザックを背負って乗車。こんな混雑は久しぶりで戸惑う。高崎駅の上越線ホームで皆と合流したが、リーダーの久家さんがいない。木村さんから久家さんが1時間ぐらい遅れてくるとの報告を受ける。急遽木村さんがリーダーになり、私たちを引っ張ってくれることになった。

先ずは沼田駅からタクシー(5,230)で登山口の弥勒寺に向かう。途中車窓から3年前に登った三角おにぎり山の戸神山がよく見える。低くて可愛い山だ。約20分程で巨大な天狗面で有名な弥勒寺に到着。中峰堂で本日の登山の無事をお祈りする。

いよいよ山頂目指して登山開始だが登山口が分からない。寺で聞いて中雀門の渡り廊下の下の石段をくぐり、小さな朱色橋を渡って山道に入る。寺の裏手に沼田100選銘木「フジキ」と、一本の太い幹が3本に枝分かれして真直ぐに伸びる杉の木の脇を通り抜ける。山道にはどんぐり等の木の実がたくさん落ちている。紅葉が美しい山と言われるが、まだ葉は染まっていない。35分程で中峰和尚伝説のお堂がある和尚台に着く。ここから胎内潜りの鎖場コースがあるが、危険なため通常左側の巻き道から登ることになる。だが、私たちは古びたお堂の中に入いる。床板が朽ちて今にも落ちそうで、支えの床柱もゆらゆらして危ない。慎重に静かにお堂を脱出した。立ち入り禁止の貼紙くらいは必要だ。

ここ和尚台からは急登が続いて結構きついが、やがて緩やかな山道になり、山頂に到着。北側は樹木で覆われているが南面は開けて戸神山などがよく見える。ここで昼食をとる。久家さんから電話があり、沼田まで来たがバスの連絡が悪いので迦葉山は止めて土合の山の家に直行するようだ。帰路は往路と同じコースで弥勒寺には1340分頃に戻って来た。ここからバス停まで参道を歩く。車道が整備されて最近は参道を通る人はいないようだ。踏み込んだ形跡がない。途中大きな山門をくぐる。バス停には余裕で着き、沼田駅に戻る。沼田から電車で予定通りに水上駅に到着。 駅前から谷川岳ロープウェイ行きのバスに乗り、ドライバーさんの好意で土合山の家の前で降ろしてもらう。 先に着いていた久家さんが部屋から手を振って待っていてくれた。湯にゆっくり浸かり、18時に夕食。ズワイガニやとんかつなどの沢山のご馳走に感激する。お味噌汁も美味しくおかわりをした。

今回、久家さんは五日市線のトラブルに巻き込まれて私たちと合流できなかった。しかし追いつこうとあらゆる交通手段を試みた努力には頭が下がる。もし私が同じトラブルに遭遇したら直ぐにあきらめたに違いない。(記 鈴木)

 

追記

 乗車駅の羽村駅に行くと、五日市線の電車が小動物と衝突し、その影響で青梅線が一時運行停止とのこと。間もなく運行再開し、電車が15分以上遅れて到着したが、数台分の通勤・通学客で混雑し、大きなザックを持っているのは気が引ける。拝島駅に近づくと、遅れた青梅線をかなり待っていたと思われる八高線の電車が出発するのが車窓から見えた。この電車に乗る予定だったので、皆と合流するためには大宮発830分の新幹線で行くしかない。しかし、先の駅には電車がつかえていて各駅の停車時間が長く、大宮へ行く時間が次第に少なくなってゆき、気がもめる。ラッシュアワーとなる中、西国分寺で武蔵野線に、武蔵浦和で埼京線に急いで乗り換えたが、大宮に着いたのは予定の新幹線発車2分前になっていた。それでも最善を尽くせば奇跡が起きるかと構内をザックを背負って山靴で走り、新幹線のホームに駆け登ったが、残念ながら列車が動き出すところであった。

 計画していた上越線は高崎発917分であり、その後は1時間以上も先になることは承知していた。次の新幹線は約30分後に大宮を出るが、これに乗っても意味がない。そこで、高崎線で高崎に出て、1030分発の上越線に乗る。73分の遅れを考えれば、沼田で迦葉山行きのバスが直ぐに出れば、弥勒寺は無論、うまくすれば和尚台辺りまで登れるかと期待していた。しかし、沼田着が1118分でバスの発車時刻が1218分と全く接続していない。これで弥勒寺行きさえもあきらめ、門馬さんに電話して一人で土合山の家に向かった。

 山の家に着いたのは13時前、時間つぶしに久しぶりに一の倉沢を見に行くことにする。車道を登り、ロープウエイ駅の土合口の前を更に登ると、やがて道は平坦になる。平日だが、行き交う車は多く、歩いて戻ってくる人も少なからずいる。マチガ沢出会を経由して一の倉沢出会まで85分掛かったが、ブナの木が多く、その間からは白毛門を望みながら歩く道で、さほど長くは感じなかった。ただ、この時刻では出会から見る一の倉沢の岩壁は逆光になり、衝立岩は視認できるが、滝沢の方はぼやけている。ここに来るならば、午前中に来るべきだ。

 帰りは幽の沢方面に進んでから右に下る。今までと打って変わって人がいない。下る道は細い登山道で、急坂で足場の悪い箇所がある。灌木に囲まれた道を湯桧曽川に向かって下りて行く。新道に下っても河原の石がごろごろしている細い道で、甚だ歩き難い。また、熊出没注意の看板があり、人気のない道はあまり気持ちがよくない。念のためにラジオを鳴らすが、場所によっては川音にかき消される。やがて、土合橋の横に出たが、この新道は長く感じた。

(衝突した小動物は何であろう。横断し始めたら後退しない猫ならば跳ね飛ばされて電車の運行に支障がないだろうし、犬ならば素早く逃げきるだろう。これは狸ではなかろうか。狸は、非常に憶病な動物で、車のヘッドライトですくんでしまったり、大きな音で気絶(擬死)したりする。狸は猟銃の音に弾が当たらないのに気絶してしまい、猟師がしとめたと思って油断していると、やがて息を吹き返して逃げ出してしまうので、狸寝入りと言われるようである。)                         (記 久家)

谷川岳山行報告

天 候:曇り後晴

コース:土合山の家7:30=(宿のマイクロバス)=土合口駅7:358:00==天神平駅8:118:15――熊穴沢避難小屋9:059:10――小休止9:509:55――肩の小屋10:3510:40――トマの耳10:4510:51――オキの耳(昼食)11:0711:55――肩の小屋12:00――天狗のたまり場12:5513:00――熊穴沢避難小屋13:3013:35――天神平駅14:1514:25==土合口駅14:3615:13==水上15:3615:48==高崎16.51

概要

  @一泊山行、今回はどんな山小屋なのかと心配していたら、メシよし風呂よしトイレよし。カニ料理付きの夕食、朝までの洗浄風呂、ウオシュレット付きトイレ、これで1泊3食付き8,400円。これだけで谷川岳が好きになりました。この宿は冬はスキー客用、また遭難事故の際には遺族の宿泊所、遺体面会所にもなるとのことでした。

  Aロープウェイは往復で一人2,000円。土合山の家宿泊割引で10%引きの1,800円。我々5人分の切符を一番乗りで並んで待っていたとき、水戸から来た老夫婦と世間話、先日の震災で被害があったと聞いて、震災支援と思い、割引券を使って一緒に買ってあげました。

  B平日といえども山頂付近は登山者の列でした。谷川岳人気のすごさがわかります。休日には混んでトマの耳からオキの耳まで行かずに戻る人が多いという。また、トマの耳とオキの耳との間は夏は高山植物の宝庫とも言われています。宝庫見たさに夏にまた来てみたいです。

 C下山時、ザックに谷川岳目標3000回、今回2757回、千恵子命一番、谷川岳命二番と縫いこんだお爺さんと谷川岳目標300回、今回253回を縫いこんだお婆さんに出会いました。お婆さんが千恵子であるかは定かでないがお爺さんは73歳、リタイア後沼田に越してきて谷川岳に登り続けているという。それを聞いた門馬さん、「私も死ぬまでに高尾山300回を目指してみたい。」と思ったそうです。

 D下山時の紅葉はきれいでした。登りでは何故気付かなかったのだろう。ナナカマドやカエデの赤が1日経ったから色濃くなったという人もいたが、下山時には木々が陽に映えて色鮮やかに見えたのは確かです。振り返って後ろを向くとそれが如実に分かりました。

  E谷川岳に行ってくると家内に告げると、家内は「そんな危険な山はよして。」と言いました。谷川岳はこれまでに800人を越す山岳犠牲者を出した世界有数の難所、これは日本3大岩場と呼ばれるクライマーの世界の話。一般コースで歩けば快適そのものです。3000回を目指すお爺さんの気持ちが伝わってきたのでした。

 F心残りはトマの耳からは私の好きな苗場山が見えるというのに確認できなかったこと。今度きた時の楽しみにとっておきましょう。

                                (記 山口)

追記

 土合山の家の廊下には、さくらフィルム号より空撮した谷川連峰のモノクロ写真が掲示されていた。さくらフィルム号についてご存じならばお教え下さい。 (記 久家)

108 2011年10月12日〜13日 迦葉山(1322m)〜 鈴木、門馬、山口、木村、久家
谷川岳(1977m)
13日は久家Lが五日市線の事故で合流できず、急遽木村Lのもとで迦葉山に登る。その日宿泊の土合山の家で久家Lと合流、谷川岳は前回雨で断念したが、今回は天候に恵まれ、ナナカマドやカエデの赤が木々が陽に映えて色鮮やかに見えた。